戦後レジームと日本の三重苦 3


戦後レジームと日本の三重苦


(2015年に発表した論文を 加筆、修正)

 3


 GHQは共産主義色の強いOSSの影響を受け、その政策を受け継いでいた。GHQの中には多数の隠れ共産主義者、更にはソ連のスパイが潜り込んでいたのである。その中の チャールズ・ケーディスやハーバート・ノーマンらはマッカーサーの信任を受け、戦後の様々な改革を指揮していた。獄中にいた多くの共産主義者、社会主義者が解放され、 公職につくようになっていた。旧体制の多くの者が公職から追放された―その数は20万人とも言われている。そして、極めて社会主義色の強い憲法が制定されていったのである。(これらは近年、盛んに議論されるようになってきた。多くの関連書物も出版されている)そのため日本共産党もアメリカの統治を民主主義的改革から共産主義に向かうものとして捉え、これを歓迎したのである。このように終戦直後の日本は、その混乱した状況の中で社会主義、共産主義への道を突き進んでいたのである。これは現在のアメリカからは想像もできないことなので、なかなか一般に理解されにくい問題だといえるだろう。しかし、これこそが日本の戦後レジームを決定付けた最も重要な時期だったのである。

 ノーマンは直ちに天皇を廃止したかったが、日本の識者に国民の支持が得られず直ちに行う事は難しいとたしなめられた。そのため憲法に国民主権を明示し、民主主義的に廃止することを将来に託したのである。もちろん、これは国民の大多数からすれば馬鹿げたことなのであるが、反日左翼にとってはこれはキモになる部分なので、何が何でも憲法改正に反対してくるのである。ユダヤ人を中心とするニューディーラーたちは、天皇を欧米、その他の君主と同一視し、ユダヤ人を迫害してきた封建制の残滓とみていたのである。これも日本を戦争に駆り立てるように仕向けたひとつの要因であった。それが大きな誤解であったことを彼らは戦後に知るのである。

 しかし、世界の情勢は大きく変わっていった。ソ連のアメリカやイギリスに対する態度は急速に敵対的なものになっていった。スターリンはドイツに勝つためにアメリカを利用したのである。冷戦が始まっていたのだ。ところが、アメリカのソ連に対する見方は社会から見えないところで急激に変わっていたのである。それはヴェノナ作戦というアメリカの対ソ連暗号解読によるものだった。それは長い間秘匿されていて、公表されたのは1995年だったのである。この暗号解読は1943年から80年にかけて行われた。アメリカの優秀な暗号解読班は、絶対に解けないとされていたソ連の暗号を偶然の幸運やソ連のミスなどもあり、徐々に解読できるようになっていた。その内容はまさに驚くべきものであり、アメリカの中枢に多くのソ連スパイが潜入していることが明らかになったのである。それは政府の上層部までおよび、ハル・ノートを起草したホワイトやアルジャー・ヒスといった大物も含まれていたのである。アメリカはそれまでの容共から反共へと劇的に転換していった。1948年頃からレッド・パージが吹き荒れるようになり、日本でもGHQ内の共産主義者は追放されるようになっていた。また、公職などに就いた共産主義者も多数追放された。その数は3万人とも言われているが、すでに20万人以上とされている共産主義者、左翼系の人々の大部分は温存されることになったのである。特にマスコミ、教育の分野でそれは著しく、大学は極めて左翼色の強いものになっていったのである。日本におけるレッド・パージは不完全なものであり、アメリカとは全く違う状況になっていた。そしてこれらの人々は、アメリカの支配下の中で表面的な活動をせず、隠れ共産主義の活動をするようになったと考えられる。それが現在まで70年に及ぶ戦後レジームの根本的な性格を形成したのである。

 少し、具体的な事例を考察してみると、マスコミは終戦直後GHQの厳しい検閲がなされていた。それは日本を悪玉、アメリカを善玉とする内容でなければならなかった。ところが、GHQの支配が終わり、その検閲がなくなってもその基本的な傾向は同じなのである。自分で検閲を守り続けているという不思議なことをしているのである。例えば、NHKの太平洋戦争を扱ったドキュメンタリー番組があった。東南アジアに侵攻した日本軍は、白人植民地支配を終わらせたが、それにとってかわり原住民を従わせようとする。次第に反感を買うようになり、弾圧、さらには虐殺も行うようになった。私の記憶に残っているのはそのような内容の番組である。ところが、これらの国の人々は非常に親日的なのである。そして、日本には感謝していると言う。実におかしな話である。事実は番組の内容とは正反対と言えるようなものだったのである。占領した地域の日本の軍政は、確かに厳しいものであったが、それはこれらの人々を独立させ、自分の国を持たせるための教育であり、訓練だったのである。日本はこれらの人々が独立した国を持てるよう出来る限りの支援をした。 確かに、日本の資源を獲得する目的もあり、その場所から日本へ運び出されていたが、それは単なる略奪ではなかったのである。また、軍人でも現地人の宗教的慣習、特にイスラム教などの慣習は尊重し、反感を買う事は極めて少なかったようである。これは現在でも日本人とイスラム圏の人々との間にほとんどトラブルを聞かないことからもわかる。このような日本人の特質というのは、戦争当時でも、またそれ以前の時代でも変わる事はないのである。しかし、今まで見てきたNHKの戦争ドキュメンタリー番組で、そのような事は一切見たことがない。私個人が見逃しているだけかもしれないが、これは自己検閲をしているとしか考えられないだろう。これは教科書などの学校教育においても同じことが言える。

 このようにアメリカの圧力がなくなっても、(厳密には完全になくなっている訳ではないのだが)日本を悪玉とするマスコミ報道、番組がなくならないのはなぜだろうか。それが事実であるならば、問題はないが明らかに事実と異なる、あるいは偏向している番組が作られているのはどうしてだろうか。確かに、根本的に異なるような番組を作る事は勇気がいるし、厳しいことだとは想像がつく、「それまでどおりのことをしていれば無難であり、既得権益を守ることができるだろう」―このように指摘されているが、やはり本質的には隠れ共産主義が深く浸透しているからだと考えられるのである。

 共産党や学生運動に見られるような表立った活動だけが共産主義ではない―それは政治、経済、マスコミ、教育さらには芸術、文学、娯楽といったものまであらゆる領域に触手を伸ばしていく、巧妙な無意識の中に刷り込んでいくようなマインドコントロールなのである。そしてこれはある地点まで、アメリカの日本占領プログラムの狙いと完全に一致していたのである。天皇を国民統合の象徴として温存し、天皇制軍国主義者を悪玉とみなし、むしろ国民を騙された被害者としての意識を持たせる。それを救済した善玉が民主主義のアメリカであると思い込ませたのである。このように階級を分断し、階級闘争を利用したのである。これはある段階まで共産主義の狙いそのものであったので、特に共産党はこれを歓迎し、共産主義社会への道は開けたと考えたのである。ところが、これが資本主義破壊―資本家と労働者を分裂させ、階級闘争を煽り、資本家を打倒する―に発展すると、これは資本主義国アメリカと完全に敵対するようになった。冷戦の進展、アメリカ国内のスパイの摘発などによるアメリカの反共産主義化によって日本共産党の伸長は破壊されることになった。しかし、日本国内の隠れた共産主義勢力は、この状況を理解して、自分の都合の良いような方向性を身につけることができたのではないだろうか。つまり、アメリカの思惑に沿った線で動きながら、徐々に日本を社会主義、共産主義化していくという戦略である。また逆に、アメリカにとってみても日本は基本的に資本主義市場経済、議会制民主主義の国として保守党が政権を取るのが望ましいが、一方で保守主義が強くなりすぎると、太平洋戦争の巨大な欺瞞が暴かれることになりやすい。それを抑制するために日本の隠れ共産主義勢力は利用価値の高いものである、ということになる。ここで白人至上主義と共産主義は相互に利用し合い、日本を宙づりにしていくことができるのである。

 このようにアメリカは戦後占領によって、共産主義という猛毒を日本に注入することになった。この毒性は時間の経過とともに弱くなるような事は全くない。状況によっては強まっていくとさえいえるのである。この毒性はあまりに強いので、アメリカ自身でさえもう少しで中毒症状を起こすところだったのである。マッカーシズムによって、かろうじてその虎口を逃れたのであった。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック