戦後レジームと日本の三重苦 2

戦後レジームと日本の三重苦


(2015年に発表した論文を 加筆、修正)

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 共産主義は明治時代後期から大正時代にかけて既に日本に流入していたが、大東亜戦争以前は厳しい弾圧にさらされ、その勢力は小さいものでしかなかった。1917年に勃発したロシア革命によりロシアは共産党一党独裁の社会主義国になった。その対外機関であるコミンテルンは日本共産党と連携をとり、日本における共産主義革命を画策していた。これはマルクス主義の階級闘争史観による暴力革命によって、一気に共産主義社会を目指そうというものである。戦後、日本共産党は暴力革命路線を放棄したが、その目指すところは変わらないといえるだろう。これと旧社会党などの政党による活動は比較的わかりやすく、表面に出ているものである。ところが、これは日本における共産主義勢力の氷山の一角に過ぎない。水面下にもっと巨大な勢力が存在するのである。

 それはアメリカ経由によって浸透したより高度な、洗練された共産主義である。ルーズベルト政権時代、アメリカは現在から想像もできないほど親共産主義に傾いていた。ルーズベルト大統領自身、隠れ社会主義者といってもよく、彼の作った政府の組織の中には多くのユダヤ系を含む共産主義者、隠れ共産主義者、学者が含まれていたのである。彼らは原始マルクス主義の単純な資本家対労働者の階級対立の見方から、もっと現代に対応した多様で複雑な社会把握、社会批判を展開し、それに基づいて社会主義、共産主義社会に向かうという展望を描いていた。フランクフルト学派などがその典型的なものだという。日本を戦争に導いて、その反撃によって征服し、天皇による封建制を打ち倒し、社会主義化、共産主義化するというのがこの共産主義アメリカの狙いだったのである。また、この時、政府や官僚、軍機関の中に多くのソ連スパイが潜入していた。日本とアメリカを対決させ、ソ連をドイツの侵攻から救うという大きな目的があった。これはヨーロッパをナチスドイツから救うというチャーチルの要請とも一致し、ナチスドイツを宿敵とするルーズベルトを含むユダヤ勢力の思惑とも一致している。人種差別主義として日本はナチスドイツと正反対であるにもかかわらず、同盟を結んでしまったということがいかに大きなマイナス要因であるかが分かるのである。 また、ソ連スパイの浸透というのは日本においても同様であり、中国、アメリカとの戦争に導くよう工作したといわれている。つまり、共産主義者が戦争に反対したというのは表面的なことであり、本質的には全く逆なのである。

 ルーズベルトはユダヤ人であり、共産主義者であった。それらは秘匿されており、アメリカに対してもスパイと言えるような存在だったのである。また同時に人種差別主義者でもあった。1944年にチャーチルとの間で結ばれた秘密協定は、原爆の投下目標を日本とし、ドイツは外されていたのである。これは不思議なことである。ユダヤ人に対するホロコーストを行っているドイツを目標から外し、ユダヤ人に対して寛大であった日本を原爆の攻撃目標にしているのである。原爆は白人に使ってはならず、黄色人種には使っても良いという恐るべき人種差別主義があったのである。日本を戦争に引き込むという目的は早くから設定されていて、ハル・ノートは議会にも国民にも知らせず、密かに通知されていたのである。マッカーサーですらその存在を知ったのは戦後であった。ルーズベルトとその少数の取り巻きたちは、まさに共産党一党独裁の独裁者と取り巻きたちの政策決定と全く同じ事をその時にしていたのである。そして、ハル・ノートをもし、日本が受諾したならば、さらに厳しい第2ハル・ノートが準備されていたという。つまり、日本がアメリカに卑怯な先制攻撃を仕掛けた、などというのは全くのナンセンスなのである。スターリンは滅多なことでは他人を褒めなかったが、ルーズベルトは褒めたという。まさにそれがルーズベルトの本質なのである。ユダヤ人はナチスに600万人殺されたが、日本人はユダヤ人に300万人殺されたようなものである。( この600万人という数字は問題があるらしいが) スターリンとルーズベルトが戦略上の同盟関係にあるだけでなく、イデオロギー的にも同一であったということはまさに驚くべきことである。このルーズベルト問題は現代アメリカにおいてタブー視されており、特にユダヤ人社会では絶対のタブーになっているということである。

 共産主義とユダヤ人には非常に密接な関係がある。そもそも共産主義―資本主義の後に来るという理想社会としての共産主義を確立したのはマルクスというユダヤ人であり、ロシア革命を成功させたボリシェヴィキの中にはユダヤ人が多数含まれていた。ルーズベルトとそのブレーンたちもユダヤ人の比率が極めて高かった。資本主義国アメリカにおいては、隠れ共産主義としての活動は必然だったのである。そして、これらユダヤ人を中心とする共産主義者の影響は、戦後日本の統治において決定的な役割を果たすことになった。

戦後レジームと日本の三重苦 1


 戦後レジームと日本の三重苦


(2015年に発表した論文を 加筆、修正)

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 戦後レジームからの脱却が言われ始めてから久しい。そして、この問題の根本は先の大東亜戦争の見直し、再評価にある事は明らかである。そもそも大東亜戦争を太平洋戦争と名付けたのは、この戦争の地域を太平洋に限局させ、日本が東南アジアなどを白人植民地支配から解放した、ということから目をそらさせるための GHQのプロパガンダである。 欧米諸国はこれら地域における白人の植民地支配を復活させようとしたが、すでに日本によって独立心が植え付けられていたこれらの人々はそれを阻止したのである。(もちろん、南方に進出する最初の動機は資源獲得であったが、作戦が成功するにつれ植民地解放の目的も大きくなっていった)

 しかし、戦争そのものに負けたという事は決定的なことであった。アジアを白人の植民地支配から解放するという日本の大義が、勝者であるアメリカによって隠蔽され、日本はアジアに対する侵略戦争を仕掛けたと言うとんでもないプロパガンダが戦後日本を覆いつくしたのである。ルーズベルトが突き付けたハル・ノートは、まさに日本を戦争に仕向ける事を意図したものであり、その起草者はハルではなく、ソ連のスパイであったハリー・デクスター・ホワイトなのである。それは、ヒトラードイツに対抗するためにチャーチルがアメリカに要請した参戦を実現させるためのものでもあった。そしてここには、欧米の白人世界に挑戦してきた唯一の有色人種の国、日本を抑え込む、あるいは叩き潰すという民族主義的、人種差別的な意識があったことも確実である。すなわち、大東亜戦争、太平洋戦争は人種間戦争という意味合いが強い。一見すると今の世界は、第二次世界大戦以前に比べて極めて平等な状態になっていると言えるだろう。そしてこの世界の平等な状態を実現したのは、そのほとんどが日本の大東亜戦争における貢献が端緒にあるのである。しかし、白人至上主義と言う民族主義、人種主義は完全に消滅したわけではない。アメリカにおいて黒人差別は依然として存在するし、イスラム教圏との対立もこのようなことが根源に存在するといえる。これらは世界の深層に存在する大きな傾向なのである。

 タイトルにある「日本の三重苦」の1つ目は、この白人至上主義という民族主義、人種差別主義である。この白人至上主義の根拠となる文化的、文明的要素は様々なものがあるが、その宗教的、政治的形態の中にある平等主義や自由主義、民主主義的要素が大きいだろう。さらに高度な哲学的、社会学的、科学的、 芸術的 、技術的側面、それに対応する教育といったものもあげられる。これらは白人世界の方が有色人種世界よりも決定的に優越している大きな根拠になっていたのである。しかし、近代になり日本はこれらの側面においても白人世界に大きく挑戦してきたのである。この挑戦を叩き潰したいという人種差別主義は必然的に生ずるものでもあっただろう。

 第二次世界大戦において、連合国がナチスドイツに勝利し、日本に勝利したとき、正義は我々の側にあり、それが勝利したと考えたのである。白人世界内部に生じたファシズムは非常に極端な人種差別的イデオロギーを実現したものであり、1人の独裁者による全体主義国家を世界全体に押し広げていくという野望に満ちたものであった。それはユダヤ人に対するホロコーストと云う絶滅作戦を遂行するものであった。この人道に対する極端な裏切りを戦争の勝利によって裁く事は、連合国の正義を示すことであったのである。ところが、日本に勝利したとき、全く違う状況にあることをアメリカは密かに思い知ったのである。すなわち、ナチスドイツに対しては白人世界内部の基準によって考えることができた。ところが日本に対しては、白人世界対有色人種世界という根本的に違う枠組みによって考えなければならない。ナチスドイツが遂行したような人種差別的イデオロギーをそれまで実践していたのは、アメリカやイギリス、オランダ、フランスという欧米諸国だったのである。それに対して反抗し、その植民地支配から解放するように立ち上がったのが日本である。平等、自由、民主主義というものを白人世界だけでなく普遍的に適用しようとすれば、その正義は連合国ではなく日本にある事はあまりにも明白である。つまり、ナチスドイツに対峙するときは連合国は善玉であり、ナチスドイツは悪玉であるということがはっきりしている。それによって裁判などを含む現実の検証は、ひたすら正確を期すればよかったのである。ところが、日本に対峙するときは連合国は悪玉であり、日本は善玉だということになってしまう―これはとんでもない話である。何が何でも日本を悪玉に仕立て上げなければならない。これが戦後日本を支配する決定的な力なのである。

 東京裁判はまさにそのためのものであり、それ自体が国際法違反であるばかりでなく、膨大な事実の捏造、歪曲、隠蔽がなされたのである。南京大虐殺はその格好の事例であり、国民党軍が流した嘘の宣伝工作をさらに拡大して罪状にしたのである。これはナチスと同じ事を日本がしたのだという悪玉の同一化が要請されていたためなのである。現実はそれと全く正反対であり、日本軍は南京市民に歓迎されていたのである。(731細菌部隊の話なども全く同種の問題である)それと同時に日本にあった連合国に都合の悪い多くの資料、本がGHQによって運び出された。その数は7千冊以上に及ぶという。報道機関で厳しい検閲がなされ、アメリカ軍は善であり、日本軍は悪であるという洗脳が日本のマスコミによって流布されていったのである。さらにこの検閲は郵便の私信にまで及んでいたという。

 この反日宣伝工作は、当然かつて日本が占領していた地域に徹底的に実施されていった。ところが、支那、朝鮮半島以外は決してこのような反日宣伝工作は成功しなかったのである。台湾や東南アジア諸国、南太平洋の諸国などは、白人の植民地支配よりも日本の統治の方が遥かに良かった事を決して忘れなかった。これらの国が現在まで親日国であるのはこのような理由によるのである。

 白人が植民地支配をする時、重要な方法がある。それは自分たちが直接統治するのではなく、間に現地の人間を登用し間接的に支配することである。そのことによって直接、恨みが自分たちに向かないようにする( 日本の戦後レジームの場合、反日左翼と在日朝鮮人がこの役割を担った)。さらに支配地域における民族を分断させ、対立させることによって弱体化し、コントロールするのである。アメリカはまさにこのことを終戦後、アジア全体に行おうとした。それは日本を政治的、経済的、文化的に孤立させることであったのである。そしてこのことは支那、朝鮮半島において成功を見た。支那は共産党が政権をとることにより、中華人民共和国となったが、これはアメリカが意図したことと反対にソ連と同じ共産主義陣営に入ってしまうことになった。しかし、アジアを分断させ日本を攻撃するという統治のシステムは残存されることになったのである。そして中国共産党はそのことを利用し、日本を攻撃し続けることによってその権力を維持することに成功している。朝鮮戦争の後、成立した韓国は、さらにこの事を強力に推し進めたといえるだろう。日本の統治時代のあらゆることが隠蔽され、捏造され、歪曲され日本は悪だったということが刷り込まれて行く。これは大中華、小中華民族主義と結合され、日本に対する際限のない政治的攻撃が行われているのである。つまり、この対立の裏で糸を引いているのはアメリカなのである。アメリカと中国はイデオロギー的に対立しているが、また利用し合ってもいる。日本とアメリカはイデオロギー的に同じであり、同盟を結んでいるが、日本は支配され、宙吊りにされている状態だといえるだろう。もし、日本に現在のような経済力がなければ、まさに翻弄される小国でしかない。このような大中華、小中華民族主義が「日本の三重苦」の2番目のものである。

 しかし、以上の2つの「苦」だけであるなら、日本は現在のようにはならなかっただろう。最大の問題は3番目なのである。それは日本内部に強力に浸透した「共産主義」という怪物イデオロギーである。(もちろん、ここでの共産主義はマルクス主義と同義である)

戦後レジームの脱却に向けて

このブログは、日本の戦後レジームを考えていこうと言う、政治、社会、歴史系ブログです。最初に、以前、ホームページで発表した論文を ここに転載し、基調となる考え方 、歴史観を示したいと思います。
3、4年前に発表した論文ですので、古くなっているところもありますが、 基本的には有効だろうと思います。